
しばらく前の出来事です。
道を歩いていると反対側から4、5歳くらいの女の子が、笑顔で走ってきました。
その子は手に何かを握りしめていました。
近くまで来た時見えた物…
小さな手いっぱいの、
タバコ
でした。
その子はおばあちゃんのもとへ行き、
「これ!」と言って手の中のタバコを見せました。
「あ、いっぱいだなぁ。今袋もってくるからな。手洗いなよ。」
「うん。」
ごくごく当たり前のやりとりでした。
私は笑顔で走る小さな子の手の中にあるもの=どんぐりや石。
と勝手に思い込んでいました。
道に落ちているタバコは拾って、捨てて、手を洗う。
ごく自然に実践する幼い子。
私は自分の子どもと一緒に歩くようになってから、道のタバコやゴミを拾うようになりました。
拾って口に入れてしまうから、でした。
それまでは、道のタバコやゴミに氣がつくことも、拾うこともありませんでした。
タバコは毒というイメージがしみ付いている私は手で拾うことはしませんでした。
子どもには「タバコは触っちゃダメだよ。」と言っていました。
この出来事に遭遇して
「自分の手を汚したくない。」という自分のズルさと器の狭さに氣がつき、
「汚れたら洗えばいい。」というシンプルな
法則を学びました。
道を歩いていると、きれいなお花やきれいな景色…だけではない現実があります。
タバコやゴミを拾いながら、いつもこの日の光景を思い出します。